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高倉健さん、どうして「養女」?「結婚」じゃないの?

2019/12/17
 
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jastアラカン! 家にいることが一番好きな、根本的な怠け者です(^_-)-☆ 年齢60歳。 住んでいるところは兵庫県。 仕事はカフェを経営していましたが、半年前に店を閉めまして現在無職で楽しく引きこもり中。 これからしたいこと・・・まだまだ漠然とした希望ですが、人生いつ何が起こるかわかりません!でも、どんな時も(できれば)まずは笑ってみよう! 残りの人生を(も)自由に生きたい。

11月10日、俳優の高倉健さんが亡くなれてまもなく5年を迎えようとしています。

 

全国にたくさんのファンを持ち、生涯「俳優 高倉健」を生き切った高倉さん。

 

その亡くなるまでの17年の人生を共に生きた「養女」の小田貴月さんの著書「高倉健、その愛」が2019年10月30日に出版され、早くも第三刷になっているそうです。

 

ファンの方でしたらプライベートが謎に包まれた健さんですので、この機会にぜひ読んでみたいと思うことでしょう。

 

ですが、私はここで理解しにくいことが一つだけあります。

 

どうして17年も一緒に暮らしてきた男女が「結婚」じゃなくて「養女」なの?

 

普通はそう思っても不思議ではないことだと思うのです。

 

その理由を解き明かすのと、健さんが亡くなってからのいきさつが、あまりにも不可解なところがあるようですので、その辺を語りたいと思います。

 

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高倉健 どうして「養女」? 結婚じゃなかったの?

 

高倉健さんと小田貴さんの暮らしは、17年にも及びました。

 

そのことから考えるに、誰から見ても律儀そうな健さんです。

自身を最後まで看取ってもらうことを考えると、大人の男としての責任はしっかり果たそうと思ったのは当然のことだと思います。

 

ですが、どうして「養女」なんでしょう?

ここは・・・普通「結婚」となるだろうと感がるのは、私だけでしょうか?

 

その答えらしきものが、養女の小田さんのインタビューにありました。

 

フジテレビの「ノンストップ」に出演して、このように語っています。

小田さんは「今戸籍上何もないと病室に入っていられなくなるわけですよ。看病がしたいと思っても私は他人なわけですから、配偶者か養女かっていう二者択一なわけです」と言い、結婚か養子縁組かの判断は高倉に任せたと告白。養子縁組を選んだ理由については「寄り添っている方が強いでしょっていう考え方ですね」と語った。

小野さんの発言の「寄り添っているほうが強いでしょっていう考え方」・・・・・これって意味わかる方いらっしゃいますか?

 

私にはまったく意味不明な回答なので、失礼ですが、ここから先、憶測100%で語ります。

 

「養女」を選んでも「結婚」を選んでも、財産分与は小田さん一人にされますが、「養女」を選んだ理由の一番大きいのは元妻の「江利チエミさん」の存在なのではないかと思います。

 

健さんはチエミさんとの結婚生活で妊娠はしましたが生まれることができなかったお子さんの水子供養をしたり、離婚してからもずっとチエミさんのお墓参りは欠かさずにしていました。

 

離婚してからまで供養し続けるなんて話は、そうそうあるものではありませんよね!

 

この話からも、生涯「妻」として愛した女性はチエミさんだけだったのではないかと思います。

そこまでの想いがあったからこそ、最後まで再婚という形はとりたくなかったのではないでしょうか。

 

ご自身の中に、妻の座は「チエミさん」として揺るがないものがある以上、「養女」として小野さんを迎えるのが健さんの「誠意」だったように思うのです。

 

ですから、養子縁組を選んだ理由について「寄り添っている方が強いでしょっていう考え方ですね」と語ったのは、説明したくない・・・その感情をすり替えて語ったのだと思います。

・・・・そんな深読みをしたくなる発言です。

 

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高倉健の妹 森敏子さんが語った、不可解な・健さんのお葬式から弔いまで

 

健さんのお身内で残されたご兄弟は、妹さんで俳人・森敏子さんがいらっしゃいます。

 

妹さんの森さんは、お兄様の健さんが亡くなったことは、死後2日の11月12日に知らされることになります。

 

しかも、お通夜に普通焚き続けるはずのお線香も「小田さんの煙が嫌だ」という理由で焚かれず、葬儀も親族不在の一部の知人だけで簡単に行われました。

 

健さんは敏子さんのことを小さい時から随分可愛がっていて、大人になってからも敏子さんの体調を気にして何かと体によさそうな食べ物を送ってくれていたようです。

 

そんな交流がずっとあったことから考えても、ご自身の死期を悟っていた健さんが、全く病状を知らせることもなく亡くなっていったことは、不思議としか言えないのではないでしょうか?

 

そして、口封じのように、小田さんから、「役者としてのイメージを貫くためにマスコミに何も語らないでほしい」と言われ、形見分けさえもしてもらえなかったそうです。

 

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高倉健の養女・一人の女性としての小田さんの気持ちを考えてみた

 

小田さんは高倉健さんと17年間一緒に暮らしてきて、一緒に外出したのはたった1回だけだったといっています。

 

その理由は、健さんが「俳優・高倉健」としてだけ生きるため!

高倉健という俳優を支えている多くのスタッフがいるのだから、その一人一人の人生に影響している自分が一人勝手なことはできない。

だから、家庭的なものやプライベートを外に出すことがないようにという配慮からだったそうです。

 

人生そのものが「高倉健」だったのでしょうね。

 

ですが・・・・それも全部含めて、丸ごと高倉健を愛したとしても、一人の女性としては少し悲しくないでしょうか?

 

自分の愛している男性が、過去の奥さんを今も愛している様子を察しながら暮らすのって、つらいと思いませんか?

 

17年もの間、ほとんと家で過ごし、相手が望むように暮らし続ける・・・・。

想像できないほどのストレスだと思うのです。

 

そうして、相手の男性が亡くなった・・・。

 

その後すぐに、小田さんは、健さんが建てた水子供養のお墓も取り壊し、元奥さんのチエミさんが一緒に暮らしていた家も壊し、そこにご自分の家を新たに建てたとのことです。

 

決して正当化できるものではないのですが、もし小田さんが「今までのすべてから自由になりたかった」としたら、わからなくない感情です。

 

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まとめ

 

男と女の感情や、それを取り巻く人たちの立場、想いを考えてみると、簡単にどっちが良い悪いとは言えないものだと思いました。

 

世間一般の目で見ると、そこに「常識」が入ってきます。

 

例えば、お葬式の仕方、お骨の扱い、そのあとの財産問題。

 

どれを取ってもややこしいことだらけですが、そこに複雑な感情が絡んでくることで、当事者しかわかりえないお話になるのだと思いました。

 

一番思ったことは、亡くなった健さんが望んでいたことは何だったのだろう・・・ということです。

亡くなった人のことを思って行動することが、本当は今生きている人のためなんだという話を聞いたことがあります。

 

高倉健さんの没後5年になろうとしています。

どうぞ安らかにお眠りください。

 

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